-第七話「LION MUSIC DEN」-

レゲエが好きでしょうがない人達でも日本でずっといればマニアックの世界へ突入してしまうが

大阪レゲエ者はやはり
ホンチャンを求めてしまうのである。

80年代初めの頃ではほとんどジャメイカのこと等、誰も知らない時代にレゲエレコード専門店が

大阪ミナミでできた。それまでは輸入レコード店でさがしあてるか、海外で購入するくらいしか、

レゲエのレコードが買えないのであったから「儲かるんか?」と首をかしげる程のマーケットだっ

た。場所は東心斎橋。現在CUSS CUSSと云うRootsなGoods屋さんになっている。その当時

はこ汚い雑居ビルでその3Fに[LION MUSIC DEN]はオープンした。私はまだ学生でそんなに

頻繁にレコードを買うことはなかったが月1、2度新譜!?をチェックしに足を運んだ。

おそらく大阪レゲエ者は全員ここへ出入りしていたし地方からもレコード漁りに来ていた。と云う

のも当時LPアルバムはもとより7インチがおいてあるのはここだけだったが、ただ選曲はもうひ

とつだったとジャマイカに行った時に感じた。ともあれ[LION]と大阪レゲエ者に愛されたレコード

ショップだったがとにかく休業日でないのに長時間ドアが閉まっていたり、今では考えられない

ほどの[Yardy Style]だった。この店の近くに[LPコーナー]と云う輸入盤屋さんが有りUK盤を中

心にレゲエコーナーが設けてあった。私は地下鉄心斎橋駅で降りてこの店寄ってから[LION]に

向かうのであった。[LION]の店内はいつもインセンがたかれていて、長時間店内にいるのは苦

であったが、中毒者であった私はいまだ知らないジャメイカを感じれる数少ない場所であった。

オ−ナ−の○○さんはお世辞にも愛想がなかったと当時は思っていたのだがその後、オキノが

勤めてからレゲエブームにものり店も全国3店舗。通販にも精をだして順風満帆にレゲエ
布教

一役を買っていたのである。私が通っていた当時では店内で他の客と会う事がごく希れと云う

時から考えられなかった。

ところで北は梅田にもレゲエを扱うレコードショップが有り、ここも[LION]ほどほどでとはいわない

がレゲエ布教をになった店だ。オーナーの新井さんは
あのピリピリ(後に詳しく話有)とも親交深く

大阪レゲエ者で知らない者はいない。この両店が80年代より大阪レゲエ者をしたえたと云っても

過言ではなかった。「なかった」と云うのは21世紀の今。これらのレコードショップは存在しない。

なんでクローズした理由は知らないが、その分他にたくさんできたのは事実である。

[LION]はセレクターオキノを迎え入れ、本当に繁盛していたと思う。その頃、私はジャメイカ在住

していてリアルタイムでは知らなかったがウワサを聞くたびに店が増えていっていた。

それぞれの世代に色んな思い出が[LION]にあったと思うが、客の○○さんに対する印象は皆同

じでそう思うと[LION]がYardyStyleでレコードを売っていたころが花だったんじゃないかなぁと私は

つくづく想うのであった。